利便性と犠牲のバランス

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「アマゾン多過ぎ」ヤマトドライバーから悲鳴続出、「利便性」が生んだ過酷な実態(弁護士ドットコム)

この記事を読んだとき、中学の理科で学ぶ仕事の原理を思い出しました。ざっくり言うと、重たいものを運ぶとき、それを手に持ったりして直接運ぶよりは、てこや滑車を使った方が力はいりません。しかし、力の部分で得をしても、必要な仕事の総量は変わらないため、動かす距離は長くなるというものです。
理科の「仕事」は日常生活の「仕事」とは違いますし、日常生活では対象となる世界も広いです。しかし、利便性は「誰かor何か」の犠牲があって成り立つところが、仕事の原理と構図が同じです。

業務の総量が多すぎる状態で、労働時間を遵守するよう指導しても、この事象の改善は難しいです。運ぶのは人なので、人を増やすことが必要ですが、人を増やすなら人件費がかかります。ロボットとか自動運転の車に任せることは、今すぐの実現はできません。
そして、過労死や過労が原因でドライバーが人身事故を起こしたら大問題です。仮にそれが起こったときに責任を追及する相手は、ドライバーが所属する会社というより、むしろAmazonをはじめとした会社や、ひいてはそういう会社のサービスを利用しすぎている我々です。

かといって、今すぐ通販の利用をやめるわけにもいきません。記事によれば、コンビニ受け取りはドライバーにはオアシスのようですが、コンビニ側は歓迎していないようです。確かに、コンビニはもともとそういうサービスありきで設計された場所ではありません。
記事にもあるとおり、時間指定の受け取りをして、その時間は必ず家にいるということができればドライバーの負担は違ってくるようですが、翌日のシフトすらはっきりしていない、あるいは急に呼び出される仕事についている人には難しいかもしれません。その場合、少なくとも自宅までの持ち運びが楽な環境(荷物が軽いとか道中に急な坂とか階段がない)ならば、郵便局とかヤマトの営業所で受け取るとかした方が良さそうです。

ドライバーに偏りすぎている利便性のための犠牲を、毎回とは言わずとも少しでも利用者が肩代わりできれば、今より状況は少しは改善すると思います。ロボットや自動運転の車の普及にはもう少し時間がかかりますが、こういう心がけなら今から行う注文でもできます。