私は教員免許を持っていませんし、何かを教える仕事に就いているわけではありませんが、ある問題が解けることと、その問題が分からない人に教えることでは後者の方が実力を要すると考えます。自分にとっての当たり前が他人にとっての当たり前とは限りません。教えるのにあたって一番力の差がでてくるのは、自分が当然と思っていることを質問されたときにうまく答えられるかどうかでしょう。
無理やり公式のように覚えていたり、以前はきちんと解いていたけど問題数をこなしている内にだんだん慣れてきたようなところ(例えば平方完成のやり方)を、それが分からなかったり解くのに時間がかかる人に説明するのは意外と難しく、冷や汗をかくことがあります。
例えば連立不等式を解く問題。
0.5x+0.3>0.3x-0.1
0.2x+0.1<-0.1x+0.4
これは係数が全て小数になっているので、10倍してから解いた方が楽です。で、答えは-2<x<1になりますが、ここで「最初に10倍したなら後で戻さないといけないから-0.2<x<0.1じゃないんですか?」と聞かれたとき、教える経験が豊富な人ならすぐ答えられると思いますが、そうでない私はてんぱりかけました。
最初に何かしたから最後にそれを元に戻すタイプの問題は確かにあります。例えば、展開や因数分解等で文字の置き換えをしたら、それらは最後で元に戻さないといけません。
この問題では、不等式で両辺に同じ正の数をかけても式の意味は変わらないので、最後で元に戻す必要はありません。ただし、これは「元に戻す必要はない」という説明にはなっていますが、「『元に戻さないといけない』ということはない」(言葉がややこしいですが)という説明にはなっていません。確かに、理論的には「元に戻す必要はない」理由を説明すれば、同時に「『元に戻さないといけない』ということはない」説明になっています。
しかし、理論的な説明ですぐに納得してもらえるとは限りません。そもそも、理論的な説明をすればほぼ納得できるような人は、数学を苦手としないでしょう。
「最後に元に戻さないといけないんじゃないですか?」と聞かれているので、まずは「『元に戻さないといけない』ということはない」という説明をして、その上で「元に戻す必要はない」理由も説明した方がしっくりくる人もいるかもしれません。
この問題では、あえて元に戻すとすれば答えは-0.2<x<0.1ではなく-0.2<0.1x<0.1になることを指摘しました。この問題に限りませんが、単にxとあるとき、係数の1が省略されていることを見落としてしまう例があります。実際、質問してきた人はそれを忘れていたようで、「元に戻すと-0.2<0.1x<0.1になっちゃうよ?」と私が言ったら思いだしたようです。
この問題を解くだけなら私には簡単ですが、上記の私の問答は、私の教え方の下手さを表しているだけでしょうけど(苦笑)、このことからも、解くことより教えることの方が難しいことと言えます。