検索時に目立つキュレーションサイト

Googleで、「お腹」「風邪」という2つの単語でAND検索をすると、キュレーションサイトとおぼしきものがけっこうヒットします。NAVERまとめのようにはっきりした「まとめサイト」のようなページもあれば、一見するとただの個人のブログに見えるけど構成がキュレーションサイトに似ているページもあります。
後者のサイトに共通する特徴として、視認性に優れており、無料で使えるとおぼしきところからとってきた画像がよくでてきます。また、「三十路を迎えた男がいろいろと語る」などと書かれていて、記事ごとにテーマが適度にばらけていているように見えますが、そのわりに単なる日常生活の出来事がなかったり、SEOを意識したような作りだったりします。管理人の写真があってもそれが本人かわかりませんし、本人が記事を書いているとも限りません。もっとも、本人かどうかという話はこのブログもあてはまりますが。

キュレーションサイトのインスタントラーメン的構造

先日、DeNAが運営するキュレーションサイト「WELQ」等が問題となりましたが、なにもWELQやDeNAだけが悪いのではなく、今の社会にそういうシステムが好まれる点に根本的な問題があります。
サイトの運営者も閲覧者もインスタントラーメン的なものが好きで、そういう人向けのサイトほどGoogleで検索したときに上位にくると感じますし、運営者がそういう努力をしていることが多いです。そして、記事の書き手を、クラウドソーシングを用いて安価で募集するとなれば、キュレーションサイトそのものがインスタントラーメン的なシステムになります。

サイトの運営者

サイトの運営者としては、テーマにそった情報をなるべく早く多く、安く掲載してなるべく多くの広告収入を得たいはずです。しかし、運営側だけでその記事を自力調達すればコストがかかります。そこで、SEO対策等、会社としてでないと難しいところは自分たちでして、記事の書き手はクラウドソーシングで募集すれば、それなりの質の記事がそこそこ集まります。さっと募集をかけ、記事の質は最低限の検査をして、さっと掲載するのがインスタントラーメン的です。もっとも、WELQの件はその最低限の検査がはたらいていませんでしたが。

記事の書き手

クラウドソーシングの登録者が案件の相場を知っているとは限りません。そのため、本来ならもっと高くてもいい案件を、安い価格で請け負ってしまうことがあります。隙間時間を使って小銭稼ぎという意識だと、腰を据えて作業するというよりはさっと作り上げる感じで、インスタントラーメン的な記事ができあがります。

サイトの閲覧者

ネットには情報が氾濫していますし、1日に使える時間は有限です。時間をかけて情報を調べたいときもありますが、ネットサーフィン程度であればさっと情報を確認したいし、できれば検索にも時間をかけたくないでしょう。そういう人がGoogle検索の結果で下位にくるものをいちいち探すとは思えません。
わざわざ行列に並んでまで食べたいラーメンは限られており、そのお店でラーメンを食べないならば、数分かければ簡単に作れて、味もそこそこのインスタントラーメンの方がいいということです。

インスタントラーメン店としての競争

こうなると、ラーメンとなる記事の質は致命的に悪くなければOKです。そのお店を好みそうなユーザから及第点をもらえれば、それ以上質を良くしてもあまり儲けに影響しないかもしれません。
あとは、なるべく目につくお店にしなければ競争に勝てないので、SEO対策に力を入れて、Googleで1つでも上にくるよう努力するのです。Googleにお金を払えば広告として別枠で上位に表示されますが、インスタントラーメンのお店ごときにそんなお金はかけたくないでしょうし、少しでも儲けを多くしたいなら経費はできるだけ少ない方がいいです。

ラーメンのトッピングにあたる記事の装飾も大事です。このブログみたいに文字ばかりでは飽きるでしょうから(笑)、そこそこよさげな写真をどこかから無料でとってきます。自家製のトッピングにすれば著作権的にも安心ですがコストがかかります。わざわざまとめサイトのためだけに写真撮影におもむくのは面倒です。

TSUTAYAの回し者ではないですが、Tの世界というシムシティっぽいゲームがあります。リアルでTポイントがたまる店舗で買い物にTポイントを使ったり溜めたりすると、建物の設計書がもらえることがあります。で、クエストのなかに「加盟店の建物を何種類建てよう」というものがあるので、普段行かないようなところに行ってみようと思いました。
運動不足のためにウォーキングといっても、無目的にぶらぶらするのは苦手で、何か目的がないとどうも続きません。今はIngressを始めたおかげでけっこう歩いていますが。

この記事では今までほとんど、またはまったく行ったことのないお店に行った感想を書きます。なお、私の恥ずかしい失敗談つきです。

店舗ごとの感想

牛角

焼き肉屋に行ったことはありますが、あまり頻度は高くないのと、牛角は初めてになります。しかも、このときに一人焼き肉デビューしました。食べ放題だともとがとれない人間なので単品コースにしました。一人焼き肉に抵抗感はありませんでしたが、もうすることはないでしょう。

ステーキガスト

そもそも店舗数が少ないです。ステーキのついていないただのガストならたくさんあるんですけどね。
バスに乗っていけば近い距離でしたが、それに気づかなかったので、2時間近く歩いて行きました。ステーキガストのためだけに歩いたわけではありませんが。

ドリンクバーとアイス食べ放題は別料金ですが、サラダ・ご飯とカレー・スープ・デザート食べ放題は肉料理の料金に含まれています。食べ放題でもとがとれないタイプの私としては割高感があるので、Tの世界の存在がなかったらわざわざ行かないと思います。

グラッチェガーデンズ

こちらも店舗数はそんなにありません。初めてではありませんでしたが、たぶん一度行っただけです。ジョリーパスタとごっちゃになっていましたが、ジョリーパスタもたぶん一度行っただけです。

Tの世界のために行った今回はスイーツ食べて終わりでしたが、前に行ったときは夕飯としてきちんと食べており、まあまあ良い感じです。ステーキガストより個人的にはこちらが好きです。

藍屋

店舗数が輪をかけて少ない、やや高級志向な和食の店です。一度行ったことがあって、その場所に行く機会は今後もありそうなので、Tの世界のためだけに行く必要はないかなと思っていました。しかし、そこにあった店はつぶれたことがわかったので、わざわざ別の場所まで行きました。

あまり純和食では食べたいものがない私は、天ぷらつきのうどんを食べました。さすがに、天ぷらはきちんと揚げてあります。ここで名前を出すのは申し訳ないですが、ゆで太郎の天ぷらと比べると段違いです。

客単価が高いのと時間帯のせいかもしれませんが、それなりにお金をもっていそうな、定年退職後のおじいさまおばあさまがけっこういました。

夢庵

藍屋と同じくすかいらーくグループの和食店舗ですが、藍屋に比べるとファミリー層向けで客単価も低いと思います。やはり、あまり純和食で(以下ほぼ同文)。

エクセルシオール

ドトールなら何度も行ったことありますが、エクセルシオールは今まで1回しか行ったことがありません。しかも、そのときは卒業研究で卒論提出数日前に担当教官と臨時ゼミをやったため、雰囲気を楽しむもくそもありませんでした(笑)。

ドトールと比べて店舗数は少なく、若干値段が高いかわりに落ち着いた雰囲気がある気がします。あくまで若干ですが。

ウエルシア

ドラッグストアです。ネタは特にありません。

子ども時代の私のあきれた思い出

  • 投稿日:

約半年前、北海道七飯町で小学2年生の男児が置き去りにされたあと、無事に発見された事件がありました。マスコミは、本当は両親が犯人なのではないかといろいろ心ない推測をしていましたが、私はこの事件を見ていて、犯人うんぬんより自分が小学6年生のときに起こしてしまった、今から考えてもあきれることを思い出しました。

夏休みを利用して母と京都旅行をしていて、そのなかで曼殊院というところに行ったときでした。おみくじを販売しているところがあり、私は母からもらったお金を使ってすぐにひいたのですが、大凶でした。この時点では別に何とも思っていませんでした。
ところが、母が「そうやってすぐとるから大凶をひくのよ」と私に言ったあと、般若心経を唱え始めました。母は僧侶ではありませんでしたが、いろいろなお経を暗唱できる人でした。唱え終わった後、母がおみくじをひいたら大吉でした。

ここで私がぷっつんしたわけです。私は順路をがんがん進んで曼殊院をあとにし、京都の地理なんて初めてでまるっきりわからないくせに、10分程度適当に歩き回っていきました。その後、やばいと思って今きた道を引き返すも後の祭り。曼殊院がどこにあるのか、もうわからなくなっていました。
せめて、曼殊院という場所の名前を覚えていれば良かったのですが、最初の1文字が「ま」ということしか覚えていなかったので、誰かに聞いたところで、たぶんそこから曼殊院という答えを導きだすのは難しいのではないでしょうか。
その頃、曼殊院では母が受付の人に頼んで館内放送で迷子のお知らせをやっていたようですが、もう私はその建物にいなかったので、見つかるわけがありません。一方、私は私で交番を探していたのですが、全然見つからず。ついには、道ばたを歩いていた女性に泣き込んで、近くの交番に連れて行ってもらい、その後、警察の方々の多大なるご尽力により母と合流しました。

なんと恥ずかしいことやら。たまたまその女性が親切な方だったから良かったものの、一歩間違えていれば、それこそ誰かに連れ去られていたかもしれません。

クラウドソーシングの利点

クラウドソーシングとは、企業が何らかの仕事を、インターネットを介して不特定多数の人向けに依頼することです。多くの場合、専用サイトをとおしてマッチングすることになります。この働き方がうまく機能すれば、毎日通勤することが難しい人でも社会参加の場が広がります。例えば、育児中の主婦(主夫)、定年退職者です。フリーランスの人もこのような働き方にマッチするでしょう。
通勤することだけが働き方ならば、スキルがあっても通勤が困難な人は自分のスキルをいかすことが難しいですし、そのようなスキルのある人を採用する機会がない点で、企業も損をしています。

クラウドソーシングの問題点

クラウドソーシング専用サイトの登録にあたり、書類選考や面接がない場合が多いです。普通の就活では、これらをとおして応募してきた人のスキルや人柄等を見極めるのですが、それがありません。ということは、本当にスキルがある人もいるかもしれませんが、暇潰しを兼ねて小銭稼ぎができればいいぐらいにしか思っていない人もいるということです。

受注側だけではなく発注側の問題もあります。「DeNA運営「WELQ」の発注先だったクラウドソーシング、大手2社の対応は?」という記事からの引用です。

WELQで信ぴょう性の低い記事を大量に制作するために使われていたのが、インターネットを通じて、不特定多数の相手に仕事を依頼するクラウドソーシングサービスだ。WELQ編集部がクラウドソーシングサービスに登録する外部ライターに対して執筆を依頼していたが、医療知識がないライターも執筆していたほか、1本あたりの単価も非常に低価格だったとされている。

WELQとはDeNAが運営している医療キュレーションサービスです。ざっくり言えば、医療に関する豆知識やコラム等を集めたサイトです。記事の書き手はクラウドソーシングで集めましたが、そのなかには医療知識がない人もいたということです。そして、引用部分の最後にあるとおり、執筆した記事に対する単価(報酬)が相場に比べて安価でした。

発注側のすべてがこうとは限りませんが、クラウドソーシングサイトの登録者のスキルは一定していないことから、登録者を安価で使える労働者と見なし、相場より低い単価で仕事を発注することが問題となっています。

物議を醸している小数点問題とは

「3.9+5.1=9.0」は減点対象 小学校算数の奇習に茂木健一郎が苦言"子どもたちへの虐待である"(ねとらぼ)

事の発端となったツイートは上記の記事に画像つきで紹介されています。小学校のテストで、小数の足し算の筆算をする問題で3.9+5.1=9.0と回答したら減点されてしまいました。減点の理由は、小数点以下がすべて0なのに、0を斜線で消して(9.0ではなく)9と回答しなかったことによるようです。
なお、上記の記事では茂木健一郎さんの見解を紹介しています。茂木さんが該当する見解を掲載した記事はこちらです。

小学校の算数にまかり通っている「奇習」は、子どもたちに対する「虐待」である(脳科学者のひとりごと 時々書生 茂木健一郎オフィシャルブログ)

また、3.9+5.1=9.0が減点対象となる理由を文部科学省に聞いたという記事もあります。

3.9+5.1=9.0は減点対象......理由を文科省に聞いた 「減点は教員・学校の裁量次第」(ねとらぼ)

私が抱いた素朴な疑問

私は小学生のとき、教科書の記述がどうなっていたかは忘れましたが、小数点以下がすべて0であれば斜線で消して解答するように教わりました。そのため、私が先の問題を解答するならば、9.0ではなく9とします。
ところで、私は学習支援事業にボランティアとして携わっていますが、もし、生徒から「なぜ9.0ではなく9でないといけないのか」と聞かれたり、もしくは「なぜ9ではなく9.0でもいいのか」と聞かれて、その生徒が納得いく回答をする的確にできる自信はありません。また、私が学校の教員だったとすれば、9.0という解答に対してどう対処するか悩みます。

9.0と9のどちらが問題の解答として正しいかを論じることは、茂木さんは無意味だと主張しているように感じました。なぜなら、自身のブログの記事で、小数点問題に対して「トリビアルに意味がないから『瞬殺』の話し(議論する必要すらない)」と書いているからです。
私は「瞬殺」の理由がわかりませんでしたし、興味があるのでぜひ知りたいです。ただし、それを理解しても、小学生や中学生の各々の質問に対して納得できる回答を個々にできるかは別問題です。
9.0と9は数学的に同値だから、どちらも正解と言われれば私は納得します。ただし、それだと9.00や9.000等も9と数学的に同値になるのではないでしょうか。生徒から「なぜ9.00や9.000ではだめなのか」と質問されたら、「冗長な表現は良くないよね」という回答しか思い浮かびません。そして、そう回答された生徒がさらに「9に比べて9.0は冗長な表現だから9.0はおかしい」とつっこんできたら、私はどう返せばいいのでしょうか。「個人的には9と回答するのがもっとも簡潔だと思うけどね」と苦笑するしかありません。

そういえば、テストでは「小数点以下がすべて0となる場合は整数として解答しなさい」という指示をあまり見かけません。「答えが分数になる場合は既約分数(これ以上約分できない分数)で解答しなさい」という指示はよく見るのですが。
冒頭にあげた記事によれば、文部科学省は小学校の学習指導要領で、小数点に関する正しい解答を定めていないようですが、無用の混乱を招くぐらいなら「小数点以下がすべて0となる場合は整数として解答しなさい」というルールを採用した方がいいです。科学の実験等で有効数字を考えたときに、9と9.0の意味が違うことにまでふれると、話が複雑になりすぎかねないため、それは後で改めて学習すればいいと思います。

ところで、茂木さんは小数点問題だけでなく、かけ算の順序やたし算の順序についても「トリビアルに意味がない」と指摘しています。これらの問題についても事の発端となったツイートがあるはずですが、どれが発端だったかは覚えていません。
私の記憶の限りでは、例えば、かけ算の順序については「3人の生徒がいて、ノートを1人2冊ずつ配ると全部でノートは何冊必要か」という問題に対して「3×2=6」は正解(または不正解)になるのに「2×3=6」はなぜか不正解(または正解)になるという話だったと思います。たし算とかけ算では交換法則が成り立つので、こちらの正解・不正解の判定は、今回の小数点問題に比べて明らかに違和感があります。

問題の本質は何か

今回の小数点問題もあわせて考えると、問題の本質はどちらが正しい正しくないというより、現場の教員や教科書の出版会社が、機械的な指導や採点をしている(せざるをえない)ことだと私は考えます。
減点するしないということは表面的な事象です。問題の本質は、教育すべき内容を教員各自が応用したり柔軟に解釈をせず、ただ教科書にあるとおりにしか指導しない(できない)ことです。なにも算数に限りません。今回はたまたま算数の問題がネタになっただけです。

ただし、教科書の出版会社はともかく、現場の教員を批判すれば済む問題ではありません。そもそも、現在の公教育の現場で、生徒一人一人に手厚く寄り添う指導ができる教員がどれだけいるでしょうか。もし、教員にその能力があっても、モンスターペアレントの対応や部活動の顧問等で忙殺されて、手厚い指導をする余裕がないとすれば、現場の教員だけを批判してもこの問題は解決しません。
そもそも、「9と9.0は数学的に同値である」や「なぜ2×3と3×2のような交換法則が成立するのか」という問題に対して、「公理や定義としてそうなる(そういう決まりである)」という言葉を使わずに、小学生や中学生を相手に説明するとなると、かなり難しいし時間もかかるのではないでしょうか。そして、いかなる科目のいかなる単元でもこういう本質的理解をさせるのが公教育の役目と主張するのは、理想論ではないでしょうか。

誕生日に関して

  • 投稿日:

今年の誕生日は、父から素敵なプレゼントをもらいました。

風邪というプレゼントです。

39℃近く発熱したのは約1年ぶりかと思います。昨年の誕生日にも風邪ひきましたし。熱は割と早くおさまりましたが、鼻水とかたんが黄色っぽいのは思ったより長く続きました。1週間以上たった今になって、やっと元に戻った感じでしょうか。ちなみに、父もせきが長く続いていましたが、ようやく収まってきました。父の場合は年齢のこともあるでしょうけど、もしかしたら、今はやっている風邪は長引くのかもしれません。
病院に行ったのは発熱がおさまった後だったので、確定的なことは言えませんが、インフルエンザにしては発熱の期間が短かった気がします。


誕生日が近くなると気分が沈むのは高校中退以来、だいたい毎年がそうです。最近わかってきましたが、年齢の絶対値が増えたこと自体に落ち込むのではなく、「もうXX歳になったのに自分は未だに」ということで落ち込んでいます。人生のレールからはずれていなければ、「自分は未だに」の部分がなくなるため、誕生日が近くなるたびに気分が沈むことはないと思います。

ハイキングと釣り

  • 投稿日:

いずれも昨年の夏に入る前の話です。

上海亭の主とアニメ「ヤマノススメ」を見て、運動不足の我々もとりあえず身近な山から登ってみるかという流れになりました。上海亭の主は小学校の遠足のときに行ったようですが、私は初めて行く円海山。

円海山の風景その1
円海山の風景その2

スマホに買い換えたばかりの時期なので、アホみたいに写真をぱしゃぱしゃ撮っていました。

前のパソコンの最後も、今使っているパソコンもそうでしたが、熱暴走と思われる症状がでました。ときどき、CPUのファンにたまっているほこりをエアーダスターでとばしていましたが、今回はそれで解決しませんでした。

まず、あるとき突然、パソコンの電源が切れます。切れたあとに電源を入れようとすると、ビープ音が4回鳴ったりします。DELLのパソコンの場合はメモリの読み書きの障害を意味するようなので、メモリをさし直してみます。これでOKのときとだめなときがあります。しかし、前者の場合でも、再び突然パソコンの電源が切れたりします。
パソコンに詳しい友人に頼んで見てもらいましたが、メモリは無罪でした。そこで、CPUの温度などを表示するツールであるOpen Hardware Monitorをいれたところ、そんなに負荷をかけていないのにCPUの温度が比較的高めで推移しており、その割にCPUのファンがあまり回っていないので、CPUのファンを交換することにしました。

交換するときは自分でやっていましたが、わからないことがあったので、LINEで話しながら送った写真がこちらです。

LINEで友人に送った写真

左側にはその日買ってきたファンが、右側には今まで使っていたファンとヒートシンクが写っています。すると、この写真を見た友人が「まさかCPUが今むきだしで見えている?」と言いました。そこで、CPUを写したものを送りました。

LINEで友人に送った写真

はい、アウトですね(苦笑)。

言い訳しますと、ヒートシンクを外していたのは、そこにもほこりが少し詰まっていたため、エアーダスターでとばすときにその方がやりやすかったからです。
しかし、CPUとヒートシンクの接地面はもともとグリスで隙間をなくしてあります。グリスはゲル状ですが、高温になれば固まります。固まった状態で取り外すと、写真のようにパリっととれてしまいます。すると、ヒートシンクを設置しても隙間ができているため、CPUの熱をファンに伝える際に熱伝導効率ががた落ちしており、うまくCPUの温度が下がりません。どうしてもヒートシンクを外さないといけない場合、塗り直しが必要となるため、グリスが手元にないといけません。
そんなこともつゆ知らず、今まで平気でヒートシンクを外していたのです。ああ、恥ずかしい。 orz

邪な目的でのウォーキング

  • 投稿日:

運動不足を痛感しているこの頃ですが、数ヶ月前によこはまウォーキングポイントの対象年齢が拡大され、18歳以上の横浜市民であれば参加できるようになりました。
平たくルールを説明しますと、1日2000歩ごとに1ポイント獲得できます。ただし、1日の最大獲得ポイントは5ポイント(10000歩)までです。万歩計は10000歩以上になっても計測できますが、20000歩したからといって10ポイントにはなりませんし、翌日以降への持ち越しはできません。
そして、1月から3月まで、4月から6月までというように、3ヶ月ごとに締め切りがあり、その3ヶ月間で200ポイント以上達成した人が、抽選で賞品を獲得できる権利を得ます。さらに、1年間通して、1口を200ポイントとして抽選で賞品が当たるというものです。
ウォーキングにしろ何にしろ、そもそも運動不足の解消や健康の維持が第一の目的であり、抽選とはいえ誰かから賞品をもらうためにやろうとする私の心は汚れています(笑)。

で、この間、お友達と山下公園付近を歩き回りました。私は付き添いみたいなものでしたが、とはいえこちらも万歩計をつけているので、何歩いくかなーと内心にやにやしていました。
すると、この日初めて10000歩を達成しました。普段、どれだけ歩いていないのって感じかもしれません。嬉しかったのですが、これを確認したのが道中の休憩として寄った喫茶店でした。解散場所の関内駅までそこそこあります。結局、帰宅したときには15000歩ぐらいになっていました。
10000歩になるまではどんどんこいやーと思っていたのに、そこから先はポイント的にオーバーフローしていてもったいないと感じてしまい、タクシーで帰れないかななんておばかなことを思ってしまいました。もちろん、そんなお金はありませんし、あってもやりませんが。

帰宅後、既に、よこはまウォーキングポイントに参加している父にこのことを話したら、こう言われました。

(10000歩を超えたから今日はもうやめたいという)そういう考え方は官僚主義的だ。

トイレに関する論考

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学校の男子トイレ、個室化進む...汚れに問題点も(YOMIURI ONLINE)

自分の排便の音が聞こえるのは恥ずかしいから、音を消すために水を流したり、水が流れるような装置を使うというのはわかります。しかし、大をすることが恥ずかしいというのは、生理現象をからかっているわけで、なんでそんな不合理な話が今の時代になっても続いているのかよくわかりません。だいいち、からかっている人だって大をするんですし。
男性用トイレを全て個室にすることには慎重な意見もあるようです。小便器があると回転率は確かにいいでしょう。昔、親に連れられてきたデパートで、男性用トイレはがらがらなのに女性用トイレに長蛇の列ができているところを見て、なんでこうなるのか全然理解できませんでした。今では小便器の有無以外にも理由があることはわかりましたが。

男性用トイレ(大)の不足

先ほどの記事でふれられていない問題ですが、男性用トイレ(大)の著しい不足を問題提起した記事があります。私が行っている職場の1つは、3階建ての建物の一部を借りていますが、建物全体で男性用トイレの個室は1つしかありません。
ストレスの多い現代では、ストレスの影響が現れやすい胃腸がやられやすく、腸過敏性腸症候群(IBS)をはじめとした疾患にかかる可能性も高いでしょう。ですから、この記事の筆者(精神科医)が書くように、男性用トイレ(大)の少なさは現代社会の日本人の体調にマッチしていません。

いくら混雑がひどかろうと異性のトイレを使うわけにはいきません。それでも、女性が男性用トイレを使うのは、ひんしゅくは買っても大事にはならない気がします。だいたいの場合、長蛇の列ができるのは女性用ですから、まだ大目に見られている感じがします。
一方、男性が女性用トイレに入ったら、下手したら現行犯逮捕でしょう。たとえ、純粋に大が間に合わなくなりそうになったと言っても、のぞき見とかあらぬ疑いをかけられそうです。そもそも性犯罪で「男性が加害者で女性が被害者」のパターンが目立ちすぎています。確かに、実際の件数はそれが一番多いかもしれません。しかし、「同性同士で加害者と被害者の関係」のパターンもありますし、「女性が加害者で男性が被害者」のパターンもないとは言えません。そして、レアケースだから対策をしなくていい理由にはなりません。

少し話が逸れました。個人的には、小便器をいきなり全部なくすのは難しいですし、そこまでする必要も感じません。水回り系の工事には時間がかかります。ただ、トイレそのものは生理現象で、それを外出時だけ止めるわけにはいかないので、する場所がないというのは性別問わずいかがなものかと思います。ライブ会場などの明らかに混雑が予想される場所はともかく、普通の場所でのトイレ不足は深刻な問題です。
蛇足ですが、小学校や中学校での「大をするとからかわれる現象」は止める方法を真剣に考えるべきです。ついでに、この時期から洋式のトイレではすわって用を足すことを習慣づけるべきです。大をすることより、自分でろくに掃除すらしないのにきれいにトイレを使えないことの方が、ずっと恥ずかしいです。

LGBT(特にT)の人の問題

YOMIURI ONLINEでは、全てを個室にすることのメリットに「性同一性障害の場合でも使いやすい」ことを挙げています。厳密にはLGBTのTとは性同一性障害とイコールではありません。ただ、それ以前に、すべて個室にすることでどのぐらいこの問題が緩和されるでしょうか。私はLGBTのいずれでもありませんが、考えてみたいと思います。