この文章について

サイバー大学の教養科目「レポート・論文の書き方」の期末課題です.2008年5月28日に提出した文書を原則そのまま掲載したため,古い情報も含まれます.

本文

概要

e-Japan戦略が失敗した原因の1つは,技術者である理系出身者を軽視したことにある.教育は国家の命綱であり,情報教育の促進は急務だが,日本政府は法規制に頼りがちで,IT社会に後ろ向きである.しかし,島国だからこそインターネットを活用した情報の発信が求められる.

まえがき

本稿で参考文献とした『理系白書』は,武蔵工業大学(本学入学前に在籍していた大学)の教養科目の指定教科書だった.理系の学部は必修科目が多く,この科目も別の必修科目と時間が重なったが,興味深いテーマだったので自分自身で購入して読んだ.同書のキャッチフレーズ――理系は報われているか――は衝撃的だった.

理系出身者は視野が狭いと言われがちだが,そもそも,専門科目の学習に必要な時間が多すぎて,教養科目や語学科目を十分に履修する時間がとれない.技術とそれを支える理論を深く理解するには時間がかかる.理系学部で学ぶ大学生の多くが,大学院に進学する理由である.

日本の生活は科学技術の恩恵を受けているが,若い人を中心に数学離れや理科離れが進んでいる.科学や数学への興味や関心が薄れた原因の1つは,技術に明るい人が日本政府に少ないからである.

情報教育には理数系の素養も必要だが,その内容を決めているのは文系出身者の多い政府である.なぜ,情報教育の議論の場に理系出身者が少ないのだろうか.法や倫理だけでなく技術も交えて議論すべきである.政府は理系出身者を積極的に登用してほしいと考え,私は本稿を執筆した.

第1章 情報教育は国家の命綱

日本の情報教育が揺れている.初等中等教育における情報教育を促進する動きがある一方,与野党が青少年ネット規制法を議員立法として提出する構えを見せている.

有害な情報――自殺や犯罪を助長するページ――から青少年を守る方針に,私は賛成である.しかし,政府はインターネットの仕組みや技術をどれだけ知っているだろうか.また,政府の打ち出す法規制が情報教育の促進を妨げることにならないだろうか.

本稿では政府の現状と情報教育の重要性に触れ,現在の情報教育の問題点を考察する.また,今後の課題として,後ろ向きの規制ではなく情報発信をする態度の養成について議論する.さらに,議論の場に理系出身者が必要な理由を考察する.

第2章 技術と現場に疎い政府

2.1 技術に明るくない政府

2.1.1 文系出身者が支配する政府

政府は文系の王国である.例えば,2007(平成19)年9月26日に発足した閣僚(大臣)の出身大学は表1の通りで,理系学部出身の大臣は3名(渡海・鴨下・泉)にとどまっている.なお,※印は日本国外の大学で学位を収めたことを,出身の項目にかっこがない場合は学士号であることを示す.

表1:福田内閣の出身学部
役職出身学部
福田 総理大臣政治経済学部
法学部
鳩山 法務大臣法学部
高村 外務大臣法学部
額賀 財務大臣政治経済学部
渡海 文部科学大臣理工学部
桝添 厚生労働大臣法学部
若林 農林水産大臣法学部
甘利 経済産業大臣法学部
冬柴 国土交通大臣法学部
鴨下 環境大臣医学部(博士)
石破 防衛大臣法学部
町村 官房長官経済学部
泉 公安委員会委員長工学部
岸田 大臣(沖縄および北方対策・科学技術政策・国民生活・規制改革)法学部
渡辺 金融担当大臣政治経済学部
法学部
大田 経済財務政策担当大臣社会学部
上川 大臣(少子化対策・男女共同参画)
政治行政学(修士)

また,『理系白書』には文理格差について次の記述がある.

文理格差のルーツは、明治時代にさかのぼる。一八七一(明治四)年の工部省の報告書で「事務官僚に比べて技術官僚は、その位置を卑ふし(低くすべき)」という表現が見られる。

「事務官は次官,技官は局長止まり」という不文律を耳にするが,その言葉通り,理系出身者は文系出身者と対等に扱われていない.

2.1.2 名ばかりのe-Japan戦略

政府はIT国家を真剣に目指しているのだろうか.ビジョンを示すだけでなく行動を起こしているだろうか.

2001(平成13)年1月,政府はe-Japan戦略を策定した.5年以内に世界最先端のIT国家を目指すことを宣言し,電子政府の導入も目標の1つだった.さらに,2003(平成15)年にはe-Japan戦略IIも発表され,2005(平成17)年には世界最先端のIT国家となり,今後も世界最先端であり続けると宣言している.

しかし,政府のIT戦略本部がまとめた報告書によれば,e-Japan戦略は十分な成果を挙げていない.

……5年前、世界のIT革命に乗り遅れていた我が国は、国家の危機感を背景に、IT化を進めること自体を主たる目的に置き、IT投資を積極的に行い、「供給者の視点」において、成果を上げた。その一方で、利用者の満足度という観点では、必ずしも十分な成果を上げていない。……
I.基本理念 2.理念 (2)利用者・生活者重視

2.1.3 韓国の事例

WEF(世界経済フォーラム)が発表した"Global Information Technology Report 2007-2008"によると,政府のIT基盤の活用度("Government Usage Index")は31位である.一方,隣国の韓国は3位である.

2008(平成20)年5月23日現在の,韓国の大統領や国務(副)総理,主要な長官の最終学歴は表2の通りである.※印やかっこの扱いは,表1と同じである.

表2: イ・ミョンバク政権の主要人物
役職出身学部
イ 大統領商学部
クォン 財政経済部長官経済学博士
キム 科学技術部長官
教育学博士
イ 統一部長官
神学博士
ソン 外交通商部長官文学部
キム 法務部長官
法学修士
キム 産業資源部長官
経営学修士
ユ 保健福祉部長官
経済学修士
イ 環境部長官哲学修士
イ 労働部長官法学部
チャン 女性家族部長官文学博士
イ 建設交通部長官経済学博士
キム 海洋水産部長官
経済学博士
チャン 企画予算処長官
公共政策学修士
キム 国務調整室長
経営学修士

文系出身者が多い点は日本と変わらないが,国外の大学で修士号や博士号を取得した人が多く,国際的で広い視野をもてる環境にある.

2.2 行政機関の倫理観の欠如

2.2.1 情報の隠蔽と改ざん

オンライン百科事典・Wikipediaでは記事の信頼性を高めるため,自分自身に関連する記事は書かないという編集方針が決められている.しかし,Wikipediaの記事を政府が隠蔽・改ざんした事例が,『倫理と法』に掲載されている.

……アメリカのプログラマーがこの事実に着目し、IPアドレスとその書き込み内容(変更履歴)が一覧できるプログラム(Wikiscanner)を2007年8月に公開したことで、厚生労働省や外務省、文科省、宮内庁、地方自治体などの役所や企業のコンピュータから、自分たちにとって都合の悪い記事の修正や削除、あるいは利害関係のある特定人物を誹謗中傷する書き込みが行われていることがわかりました。

Wikipediaの編集方針では,既に取得したアカウントでログインしてから,記事の編集にあたることを推奨している.アカウントを取得していない人が編集すると,編集履歴にPCIPアドレスが記録される.

行政機関が臭いものに蓋をしたことが,アメリカ人の技術者によって表面化した.技術者が記事の書き換えを明らかにしたことで,行政機関の倫理観の欠如はもとより,政府や地方自治体に勤める者が技術に無理解であることも示された.

2.2.2 希薄な情報倫理

非倫理的な行動をしても,せいぜい周囲から非難されるだけである.法を犯さない限り,刑罰は下らない.しかし,倫理観の欠如した政府が,IT社会の特質や技術を理解しないまま,みだりに法規制を行うことは危険である.

例えば,文部科学省の1999~2005(平成11~17)年度の統計では,いじめによる児童・生徒の自殺件数が0人となっていた.この後,同省が統計を見直したが,教育に携わる省庁に務める人の倫理観が崩れている.いじめと自殺の因果関係や命の尊さを軽視してはならない.

倫理観なき政府が法を定めると,行動の判断基準が合法か違法かの0-100思考に傾く.そして,情報の規制が暴走すれば,日本国憲法第21条に定められた表現の自由が侵害される.

さらに,『倫理と法』の著者は次のようにも述べている.

若者たちの間でもブログやSNSの利用がさかんになっていますが、彼らにはインターネットの掲示板が仲間うちだけでなく、世界に開かれている(オープンである)という意識が希薄なうえ、バラバラなデータもまとめられると個人を特定できるといったメディアに対する無理解(リテラシーの欠如)が見られます。日本のブログはこの点がきわめてルーズです。

若者はインターネットに無理解だと指摘しているが,政府も同じである.法規制に限らず,倫理観の確立と技術の理解を含めた,緻密な情報教育の実現が急務である.よって,PCやインターネットの技術と仕組みを理解している理系出身者を議論の場に加えるべきである.

2.3 教育現場を知ろうとしない政府

2.3.1 机上の空論に終始する議論

教育は国家の命綱である.現在,初等中等教育課程にある子供が,将来の日本を担うことは論を待たない.しかし,教育を行う教員は大人である.大人が自身の基準を子供に押しつけたら,子供が自分で決断を迫られたときに,物事を考える力が養われるだろうか.

『岡本武男の体当り教育』の著者は,文部科学省や地方の教育委員会は戦前の参謀本部型の人事をしていると指摘する.

学習指導要領の改訂で、世界史が必修になりました。当時、指導要領の改訂にたずさわった大学の先生が、「これからの日本は国際化が進む。そうした中でキリスト教の理解は、どうしても必要。そのために、世界史を必修にする必要がある」という内容の論文を書いていました。この先生のこうした考えがリードして、世界史が必修になったのだろうと思います。

僕はそのとき思ったんです。世界史の時間に聖書を取り上げて読ませる時間があるのか。キリスト教に関係したできごとや人名や地名を理解させるに精一杯で、キリスト教の内容にまで立ち入り、それを理解させるに足りないと思ったのです。

倫理では聖書を扱う。それの方がよほどよい。現場から離れた空論だと思いました。

こういう委員会のメンバーはエリート集団です。現場の意見やら実態から離れているなと思ったのです。

そういう意味で参謀本部型の人事をやっているなという感想を持つのです。

指導要領の制定に限らず,政府は教育の現場と実態を見ようとしない.先述した,文部科学省がいじめによる自殺の人数を0人と記録したこともその一例である.現場不在のまま机上の空論だけで教育内容を議論する姿勢には,教育を受ける子供達への思いやりが感じられない.

第1章で述べた通り,政府はインターネットに無理解である.情報教育の内容も机上の空論で決まれば,将来の日本を担う子供達までインターネットに無理解になりかねない.この循環が続く限り,e-Japan戦略の実現は困難である.

自主的で新しい教育現場の取り組みこそ,教育の閉塞状態を打開する鍵である.政府は既得権益へのしがみつきをやめて新しい取り組みを支援すべきだ.能動的な教育の主人公は子供達であり政府ではない.

2.3.2 有害情報に対する過保護

昨今,誹謗中傷が飛び交う学校裏サイトや集団自殺を募る掲示板の存在が問題となっている.アダルトコンテンツを含めて,有害情報から青少年を守ることに私は賛成である.しかし,有害情報からの過保護は,かえって情報教育の促進を妨げるのではないだろうか.

PCや携帯電話のフィルタリング機能を用いれば,有害情報を含むページの閲覧を制限できるが,この機能は万全ではない.有害情報を含んでいるのにフィルタリングされないこともあれば,その逆が起きることもある.有害情報から子供達を完全に守るには,インターネットから隔離しなくてはならない.しかし,インターネットがなければ情報教育は困難である.

料理で包丁の使い方を教えれば,子供が誤って手を傷つけてしまうこともある.準備体操やストレッチをしないまま,本格的な運動をするとけがの原因になる.薬品を扱う理科の実験では,注意が散漫であれば危険な目に遭う.物事に対する心構えは,子供達が失敗経験を積むことで確立する.有害情報への心構えも同様であり,失敗経験のフォローをすることが教育に携わる人の役目である.

受動的な教育では失敗経験がなかなか積み上がらない.初等中等教育課程から能動的な情報教育を行わないと,トラブルに遭ったときの解決方法が分からないまま,損害を被る原因になる.情報への過保護は情報教育そのものを妨げる.

そもそも,IT戦略本部の報告書にも同様の主張が書かれている.

……さらに、昨今、インターネット上の違法・有害情報に起因する問題が相次いで発生するなど、子どもの頃から情報内容を判断できる能力等が必要とされてきており、情報モラル教育等を始めとする情報教育の見直しを行い、初等中等教育の段階から児童生徒の情報活用能力を向上させていくことが求められている。……
II.今後のIT政策の重点 2.IT基盤の整備 (3)人材育成・教育

2.4 事例: 構成主義に基づく教育

能動的で前向きな情報教育の事例としてOLPC(全ての子供にノートPCを)の活動を挙げる.このNPOMIT(アメリカ・マサチューセッツ工科大学)メディアラボの創立者であるニコラス・ネグロポンテが設立した.

2001(平成13)年,ネグロポンテはカンボジアの村の小学校にノートPCを寄贈した.この村には電気が通っていないため,インターネットに接続する環境がなかった.そのため,電源を確保するための発電機と,人工衛星を経由してインターネットを使うためのパラボラアンテナを設置した.すると,子供達はすぐにPCの使い方を覚えて学習に活用した.OLPCの活動開始のきっかけとなった出来事である.

OLPCの目的は世界中,特に発展途上国の子供達のために革新的な教育方法を開発し,その手段を提供することである.また,OLPCがもつ教育の概念は構成主義に基づいている.

阿部和広の解説記事をまとめると次の通りである.

構成主義は、発達心理学者のジャン・ピアジェに端を発し、人工知能研究で知られる数学者のシーモア・パパートが発展させ、アラン・ケイが継承したものである。

子供達は生まれながらに世界を理解しようとする欲求をもち、それを説明するためのモデル(シェマ)を持っているとする。科学的に間違っていても、子供なりに世界を合理的に解釈しようとしたものである。現在の教育は正しい知識を与えてシェマを置き換えるものであり、場合によっては権威によって子供の考えを否定することになるため,探求心の芽を摘むことになる。

ピアジェの弟子であるパパートは、子供にも親しみやすいプログラミング環境を用意し、実体験を組み合わせることで、子供自身がシミュレーションしながら科学的に正しい知識を発見できると考えた。そして、1967年にMITでLOGOを開発してプログラミング環境を整えた。

ケイはLOGOの思想を受け継ぎ、より視覚的で操作の簡単なSqueak Etoysを公開した。これは、CAI(PC上で計算ドリルや知識定着度を測るクイズを行う教育方法)や、ウェブの検索結果の引き写しになりやすい調べ学習と違う。子供が個人で学習するのではなく、お互いに協力して教え合うコラボレーションを重視しており、時として教師が教えるより効果的である。なお、コラボレーションは同じ教室内の人に限らず、国外の学校を通して行われることもある。

OLPCは100ドルノートPC「XO」を与えているが,デジタルデバイド(情報格差)の解消のために,恵まれない国の子供に寄付する慈善団体ではない.あくまで,構成主義に基づいた教育を行うために必要なものとして,XOを配布している.

この教育方法は,CAIや調べ学習と違い能動的である.また,ソフトウェアの使い方を学ぶことで,コンピュータの使い方を学習する既存の方法とも一線を画す.なぜなら,インターネットをブラウズ(閲覧)するだけではなく,コラボレーションによって子供達自身が情報教育を進めていくからである.子供達が教育の主人公になっており,その能動的な行動を制限する後ろ向きの姿勢がない.

第3章 まとめ

IT社会の到来により,家庭のPCや携帯電話からインターネットへアクセスすることが容易になった.しかし,日本の文化や文明を世界中に情報発信する手段がありながら,情報教育が進まない.そして,政府は情報発信のために必要な情報教育を促進する姿勢に乏しいどころか,後ろ向きの法規制によって情報発信の場を狭めようとさえしている.さらに,現在行われている情報教育(他教科も含む)はおしなべて受動的である.能動的な情報教育なしに,世界最先端のIT国家を目指すのは困難である.

日本は四方を海に囲まれた島国だが,インターネットを使えば地理的な制約がなくなり,情報発信ができる.しかし,インターネットの仕組みと技術に対する政府の無理解がインターネットの長所を台無しにしている.

IT国家の確立を目指すには,初等中等教育課程における情報教育を促進すべきである.その際,インターネットの仕組みと技術,特性を把握するために理系出身者が必要である.法規制に傾くことを避けるため,政府は理系出身者を文系出身者と対等に扱い,登用しなければならない.

参考文献

  1. 阿部和広「100ドルノートPC『XO』徹底解剖」『Software Design』(275),2008年3月号,pp.80-89.
  2. 岡本武男『岡本武男の体当り教育』,桐書房,1999,p.191.
  3. 矢野直明,林鉱一郎『倫理と法―情報社会のリテラシー』,産業図書,2008,p.101,108.
  4. 毎日新聞科学研究部『理系白書―この国を静かに支える人たち』,講談社文庫,2006,p.25.
  5. IT戦略本部,2006年1月19日,IT新改革戦略―いつでも,どこでも,誰でもITの恩恵を実感できる社会の実現―」,2008年5月23日参照.
  6. NTTラーニングシステム株式会社『.com Master ★ 2004』,翔泳社,2004,p.384.
  7. World Economic Forum,2008,"Global Information Technology Report 2007-2008" World Economic Forum - girt,2008年5月16日参照.

あとがき

本稿の中では便宜的に理系・文系と分けたが,私はこの分け方があまり好きではない.大学受験にあたり高校では理系クラスに進んだが,全ての学問を2つに分ける発想には無理がある.

放送大学の教養学部は,共通科目(外国語と保健体育を除く)を人文系・社会系・自然系に分けている.理系科目ではなく自然(科学)系の教養科目が敬遠されていると書いた方が適切かもしれない.

本稿の執筆後,選択したテーマは執筆当初の予想よりも幅広い分野にわたる問題だと気づいた.IT社会に対する日本の遅れを全て論じると時間がかかりすぎると思い,初等中等教育課程の情報教育のあり方に絞った.それでも,情報教育の問題は幅広い分野――教育学・政治学・社会学・法学・倫理学・心理学――にわたる.

卒業論文のように時間を費やしたかったが,ITの進歩は非常に早く,執筆後は状況が変わっていることもあり得る.とてもではないが,一人で執筆していたら,発表する頃には執筆内容が陳腐化してしまうだろう.しかし,今回の執筆経験は今後の学習の道しるべになった.

最後に,本稿執筆の機会を与えてくださった「レポート・論文の書き方」担当の藤田先生やメンターの方々,サイバー大学に厚く御礼申し上げる.

評価

この科目の評定はA(90点以上)でしたが,受講者が200名以上いたこと,教養科目(1単位)にしては負荷が大きいために履修放棄者が続出しました.相対的な評価は良かったかもしれませんが,卒論の指導を受けた今に至ってはツッコミどころ満載です(苦笑).

講義自体は文系寄りで,教員やTAが理系の論文をあまり見たことがなかったようです.また,期末課題のレポートの題目は自由であるため,内容まで踏み込んで添削するのは無理があります.

講評はいただきましたが,引用の方法や参考文献の書き方等,形式的な評価が多く,論理展開についてはほとんど触れられてませんでした.そのため,講評がでた直後に,国立大学の理系学部で修士号を取得した父に見てもらい,根拠が弱い点を指摘してもらいました.その結果を示します.