作品

この作品について

高校1年生の夏休みの課題として書いた読書感想文です.また,第1回BunBun大賞の応募作品でもあります(無謀な挑戦でした).課題図書は太宰治『人間失格』でした.ただし,BunBun大賞はもちろん,学校の佳作賞にも届きませんでした.つまり,あまり良くないできだったので,一部を改変しています.

本文

主人公の葉蔵は行き着くところまで堕ちていった「究極の廃人」である.なぜ,葉蔵はこうなってしまったのだろうか.

一つ目の原因として,葉蔵自身も認める「人間恐怖」がある.葉蔵は,相手に怒りや憎悪を感じさせることを,極度に恐れている.本文中に,葉蔵の父が東京へ行くとき,子供達に土産は何が良いかたずねる場面がある.葉蔵以外の子供達は欲しいものを言ったが,葉蔵は黙り込んでしまったため,上機嫌だった父を不快にさせた.このことをひどく恐れた葉蔵は,夜中に起きて,父の手帳にシシマイと書いたことで,父の機嫌を直した.葉蔵は相手の機嫌を良くすることを常に考えており,これが道化である.道化は葉蔵の生命線であるため,見破られることを恐れている.

二つ目の原因として,世間の人々の態度が理解できないことがある.人のいないところで本音を言い,人のいるところでは本音を言わずに他人を欺く「内と外の区別」が,葉蔵にはできない.また,葉蔵は道徳や正義や合法に関心をもっていない.葉蔵は道化で人を欺いているので,人を欺くことには抵抗を感じないが,世間の一般的な「内と外の区別をつけて清く明るく朗らかに生きている」人の理解に苦しんでいる.互いの不信の中で生きていく人々を見て,葉蔵は他人への不信感をもち,結果的に人間恐怖を招いている.

三つ目の原因として,自己主張の能力が欠けていることがある.葉蔵は,たびたび他人の要求や勧めを受け入れているが,素直な性格だからではなく,服従しているにすぎない.要求や勧めを拒否するためには,自分の意志を明確に示す必要があるからだ.葉蔵は,人ばかりか科学の迷信にも左右されている.

では,「究極の廃人」を創り上げることで筆者は何を言いたかったのか.

まず,世間の不条理さを主張している.これは,葉蔵が「究極の廃人」になってしまった二つ目の原因と密接な関わりがある.私達が日常生活の中でほとんど気にしていないことを,葉蔵は非常に気にしている.筆者は,葉蔵の観点で世間を風刺している.

次に,世間の厳しさを表現している.葉蔵は更生を試みたが,世間を甘く見ていたため,失敗を繰り返し,恥を上塗りした.筆者は「世間を一本勝負で渡り切ることはできない」と述べている.

この本を読んで,私自身,世間に対する認識を改める良い機会になった.

推敲にあたって

佳作すら取れなかったことが分かったときは,なぜそうなったのか全く分かりませんでしたが,今から見ればボロボロの文章でした.「今後もこのような良い本を読んでいきたい」という典型的な社交辞令はともかく,根拠もなく「誰でも分かると思うが」と書いてあったり,婉曲表現や文のねじれがひどく,奥歯にものが挟まった文章になっていました.

原文を大きく崩さないよう推敲したものの(本当は1から書き直したいぐらいです),十分とは言えません.実際には,2000字以内(BunBun大賞では1600字以内)でしたが,8-9割は書かないといけないことにこだわりすぎて,わざと文字数を増やしたため,読みにくい文章になってしまい,佳作にもならなかったのだと思います.