YUICHI

僕は、ある私立高等学校の1年生。特にこれといった特徴のない平凡な学生だ。両親は僕が幼いときに離婚して、僕は父親にひきとられた。今は父親との2人暮らしだ。だけど、父親は先週から海外に出張している。近くに親戚の家があるから生活に不自由はしていない。ただ、親戚の人も最近は仕事が忙しく、夜遅くにならないと帰ってこない。家では1人でいる時間が圧倒的に多いわけだ。ちなみに、僕は、つい最近引っ越した。ちょうど父親が出張にでかける1週間前である。引っ越したと言っても、目と鼻の先であるのだが。

それにしても、光陰矢のごとしとはよく言ったもので、入学したと思ったら、もうあっと言う間に3月になってしまった。もちろん、4月からは2年生になるわけだが、まだ何と言うか心の準備というものができていない。今年度最後のテストも、面倒くさいなぁと思っている内にすぐに終わってしまった。楽しいことをしているときは時間の流れを早く感じるものだが、最近は嫌なことすら早く過ぎていってしまう。この調子でいけば、気づいたときには老人になっているかもしれない。まぁ、それはいくら何でもオーバーかな……。

今日は修了式。何だか学校へ行くのがカッタルイ。修了式に限らずそうだけど、せいぜい校長の話を聞いて校歌でも歌って通知表もらってそれで終わりだろ? 何でわざわざそれだけのために学校へ行かなきゃいけないんだろう…。まぁ、今日は今年度最後の部活もあることだし、仕方ないから学校へ行くか……。やれやれ……。

いつも通り満員電車に乗って学校へ行く。僕はこの満員電車が嫌いだった。何と言っても体力を消耗するからだ。1年もたてば慣れるから良いようなものの、入学したての頃は苦痛でしょうがなかった。中学受験をした人は、中学生のときから満員電車を体験することになる場合がほとんどなんだろう。公立と違って私立は遠くから通っている人が多いと言うからな…。そんなに小さいときから、こんな電車に乗って大丈夫なんだろうか。少しかわいそうだと思う。

そんなことを思っている内に降りる駅に着いた。電車を降りるときも一苦労である。ホームに降りて出口まで歩いていると、僕の友人がいた。

「よぉ、達郎じゃないか。」
「おう、おはよう。」
「もう修了式だな。来年は、お前とは違うクラスになるから寂しいぜ。」

僕の高校では2年生のときに文系と理系でクラスが分かれる。僕は理系だ。幼い頃からパソコンに興味をもっている。それでも中学生の頃までは趣味の領域だったけど、この高校のコンピューター部に入部して、プログラミングとかを学んでいる内に、だんだんとパソコン漬けの生活になっていた。入学したての頃なんてインターネットはほとんどやらなかったけど、今では1日1時間は当たり前。最近では、将来はSEかプログラマーになりたいと思っている。

「まぁな。だけど別に学校は同じままなんだから会おうと思えば会えるじゃん。それに、クラスが違うからって言って、そう簡単に友情は途切れないよ。」
「『友情が途切れない』なんて、お前らしくない言葉だな。似合わないぞ。」
「そうかなぁ。なんかかっこいいじゃん。」

僕らは笑いながら学校へ歩いていった。教室に入って荷物を置いた。荷物を置いて1分もしない内に、生徒は全員校庭へ出るようにとの放送があった。ちなみに、卒業式は既に行われているので、3年生はもういない。

カッタルイ修了式が終わると、教室へ戻って通知表をもらった。成績は……、まあそこそこってところか。通知表をもらうと、ほどなく解散となった。職員室へ行って部室の鍵を取りに行く。鍵を取りに行くのは基本的には僕の役目だ。鍵を取った後は部室へと向かう。部室の前には健太と雄一が待っていた。

健太は僕の小学生からの友人だ。昔からお互いの家に良く遊びに行っていたので親同士も仲が良い。もちろん、お互いの家は近く、最寄り駅も一緒である。一方、雄一は高校で初めて会ったやつだ。性格が変わっていて友人も少ないみたいだ。正直言って僕も彼を友人だとは思っていない。ただ、同じ部活であるという関係があるだけだ。僕らの学年の部員だけでなく、先輩からも少し敬遠されているみたいだ。一説には彼は二重人格だという話がある。普段は、まあまあおとなしいやつなんだが、もう1つの性格がかなり危ないらしい。

彼の両親は既に亡くなっている。共働きで新聞記者をやっていたようだ。彼が小学生低学年の頃、彼の父親が、とある犯罪組織の麻薬の取引が行われるという情報を入手し、警察にそのことを報告した。おかげで犯罪組織のメンバーをだいぶ逮捕できたらしい。しかし、そのことを知った犯罪組織のボスが、逮捕される前に報復として彼の両親を殺害したらしい。ちょうどそのとき彼は学校にいたから殺されずに済んだ。しかし、帰ってきて親が殺されているのを見てからというものの、彼は精神病になってしまった。もう1つの凶暴な性格は、ここで身に付いたのだろうか……。

今ではだいぶ落ち着いているようだが、ごくまれにその性格が顔をだすことがあるようだ。実際、去年の6月頃は彼のクラスのあるやつとケンカして、相手に全治1ヶ月の重傷を負わせたらしい。そのことで彼は停学をくらった。一応、精神科の薬はちゃんと服用していると言うのだが……。

「おお来たか。結構待ったぞ。」
「悪い悪い。今、鍵開けるから。」

鍵を開けて扉を開ける。

「今日は打ち上げだったよな。」
「ああ。ここで部員全員が来るまで待機して、全員来た後に近くの店へ行くことになっている。」
「ところで、どこの店?」
「某ファミレス。」
「まっじー? ださくねぇ?」
「仕方ねぇじゃねぇか。近くにある店って言ったら、あそこぐらいしかないしよぉ、人数的に結構大勢になるから、あそこだったらテーブルも多いし迷惑にならない。」
「ふーん。そんなら仕方ないな。」

今日は今年度最後の部活ということで打ち上げをする。そんなこともあって今日はやけに集まりが良い。すぐに部室の扉に鍵をかけて店へ行く。その店で僕らは数時間程過ごした。金銭に関しては先輩が仕切ってくれた。ただ、マナーに関しては先輩も決して良いとは言えないわけで、店の人にはいい迷惑だったと思うが……。

デザートにイチゴのデザートを注文した人が多かった。多いと言うか、ほぼ全員である。なぜかと言うと、その店がイチゴのデザート特集(?)をやっていたからだ。僕も周囲の雰囲気に流されてイチゴのデザートを注文してしまった。健太はイチゴのデザートを一番おいしそうに食べていた。何を隠そう、健太はイチゴが大好物なのである。ところが、みんながイチゴのデザートを食べている中、雄一だけがイチゴのデザートを注文しなかった。

「おい、雄一。お前だけイチゴのデザートじゃないじゃないか。どうしてなんだ?」
「……俺はイチゴが大嫌いなんだ……。」
「…………。」

雄一の言葉には、ただならぬ気配を感じた。一瞬辺りが静かになった。しかし、イチゴにそんなに恨みをもつことがあるのだろうか? ここらへんが彼の性格の理解できないところの1つなのである。

部室に帰ってきてからは、いつも通りの活動をした。活動とは具体的に言うと、プログラムをくんだり、CGを描いたりしている。僕の学校では9月に学園祭がある。そのときには部員全員が各自の制作した作品を出展している。みんな一生懸命やっているので、毎年多くの人が来て好評を得ている。3年生ともなると大学受験で忙しくなり部活をやっている人はいない。そんなわけで、事実上は2年生が最後の学園祭である。

2年生の学園祭でも去年と同様に、僕1人で作品を作り上げる予定だったんだが、健太の提案で、僕らの学年の部員全員で1つ大きな作品を作ってみようということになった。この企画の責任者は僕・健太・雄一だ。健太は提唱者だから当然責任者で、僕と雄一はジャンケンに負けたのである。こういう企画は、チームワークが非常に重要だし、作品自体、かなりハイレベルなことに挑戦しているので、今年の1月から制作を始めている。先輩が言うには、このことは過去に例がないことであるそうだ。また、この企画に非常に期待していると言ってくれた。この言葉が僕らの励みになっていることは言うまでもない。

今日の部活が終わると、2週間近く部活がない。諸事情で3月29日に顧問・学校長の許可を得て部活を行うことにしている。本当はもう少し多く部活をやっておきたいのだが、許可が得られなかった。そんなわけで、責任者である僕ら3人は今日の部活で少し遅くまで残って企画についての話し合いをすることにした。

普段通りの活動をしている内に午後4時30分になった。僕の部活では、この時間から帰っても良いことになっている(特別な理由がある場合は当然もっと早く帰れるのだが)。今日は今年度最後の部活とあって、僕ら3人以外は全員帰ってしまった。午後 6時までは部活をやって良いことになっている。僕ら3人の話し合いは延々と続いた。

そして、午後6時も近づいてきた頃、僕の想像を絶する事件が起こった。

先ほども言ったが、僕ら3人は責任者である。どんなゲームを作るかは僕らが決めることになっている。もちろん他の部員の意見も聞くのだが、細かい部分に関しては完璧に僕らの仕事である。既にゲームの概要は決まっている。そして、今日までに僕ら3 人は詳細な案を出し合う予定だった。僕と健太は既に案を見せ合っている。あとは雄一が案を出すのを待つだけだ。しかし、いつまでたっても雄一が案を見せない。そこで健太が雄一に言った。

「おい、雄一。もうすぐ6時だけど、早く案を見せろよ。お前が、その内に案を見せるだろうと思って今までずっと待っていたけど、いい加減見せてくれないとこれ以上話が先に進まないんだよ。」
「いや、その……。まだ案を作る作業が終わっていないんだ。」
「え? 冗談はよそうぜ。」
「いや、本当のことなんだ。まぁ、今度の部活のときまでには考えておくから。」
「あのさ、終わっていないって言うけど、どの程度まで終わったんだよ。」
「全然。」

健太が案を考えてこいと言ってから、既に1ヶ月はたっている。それに僕ら3人が案を出し合って、最終的に1つの案にまとめたとしても、他の部員に賛否を問わなければいけない。もっとも、これは気にしなくても良いことだと言える。他の部員は、だいたいは「何でも良い」と言っているからだ。しかし、実際に作り始めると相当な時間がかかると思われる。健太は、なるべく妥協はしたくないと言っているし、僕もそう思っている。先輩からの期待もあって、僕と健太はかなり意気込んでいる。しかし、それにも関わらず、こういう楽観的かつ消極的な態度をとっている雄一に僕は激怒してしまった。

「おい、雄一! まだ全然作っていないってどういうことなんだよ! だいたい、案を作ってこいと健太に言われたら何日たっていると思っているんだよ! このバカ野郎! しかも、全然作っていないくせに反省の気持ちが全くないじゃねぇか! ヘラヘラ笑いやがってよぉ!」
「まぁ、達郎。確かに俺も頭にきたけどさぁ。そんなにカッとなるなよ、な。この企画はおれが言いだしたことなんだから、おれが責任もって雄一の指導をするからさ。具体的には休み中に電話したり、ね。」

健太は優しいやつだ。彼が怒っている姿は見たことがない。しかし、僕の腹の虫は全く収まる気配がない。僕はさらに怒鳴った。

「あのなぁ、こういう風に複数の人で作業をするときはチームワークってものが必要なんだよ! スポーツでもそうだろ! こんなことは小学生でも分かることだ! 社会にでれば、こういうチームワークというか協調性ってのはますます大切になってくるんだよ、分かるか! てめぇみたいなやつがいると、はっきり言って邪魔なんだよ! もうお前、部活にでてくんな! てめぇの、そのヘラヘラした顔を見ているだけで不愉快になるんだよ! こんな性格だから、てめぇには友達が少ねぇんだよ!」

そのときである。雄一の目つきが急変した。彼のもう1つの性格が目を覚ましたのである。彼は椅子から立ち上がったかと思うと、ポケットから突然ナイフを取りだして僕に襲いかかった。健太が止めにかかったが、雄一がナイフで僕を襲った方が早かった。健太がギリギリのタイミングで雄一の腕を掴んだので多少軌道がずれて、僕は浅い傷で済んだ。健太が雄一を制止したのもつかの間、今度は雄一が叫びだした。

「そうか、おれは邪魔な人間なんだな! ならば貴様の望み通り、姿を消してやるよ! その代わり、貴様も後で地獄に引きずり込んでやるからな!」

言い終わったのと同時に雄一は健太を突き飛ばし、持っていたナイフで自分の心臓の部分を刺した。修了式の日にこの時間まで残っている生徒はほとんどいない。校庭にいる人に教師に急報するように頼みたいところだったが、あいにく誰もいない。健太は校庭に人がいないことを確認すると、すぐに職員室へ全速力で走りだした。知らせを受けた教師が駆けつけ、別の教師が救急車を呼んだ。僕と雄一は救急車で運ばれ、健太も付き添った。僕の傷は浅かったので、手当をした後にその病院に入院することになった。全治1週間程度である。しかし、雄一は病院に到着してまもなく死亡した。

健太からその話を聞いたとき、僕はものすごい恐怖感に襲われた。健太は警察から事情聴取があるからと言って、30分ほどで病院を出ていった。その日は夜遅くまで僕の担任の教師が僕のそばにいてくれた。

翌日、健太が僕を見舞いに来てくれた。雄一の葬式についてだが、明日が通夜、あさってが告別式だそうだ。しかし、あのような死に方をしたため、雄一の親戚のショックも相当大きい。雄一のクラスの担任の教師が生徒を連れて通夜に来ましょうか、と親戚の一人に言ったようだが拒否されたようだ。健太は、おそらく身内だけで行われるのだろうと言った。また、健太は、今日の夜から帰省するからしばらくの間来られないと言った。健太が帰るとき、僕は礼を言って見送った。

その翌日、僕は新聞で恐ろしい記事を目にした。この病院にはテレビがなく(持ち込みはできるらしいが)、僕の情報源は新聞のみであった。いつものように全国紙を買おうとしたところ、地方紙にものすごい記事があるのを発見したので、全国紙を買うのも忘れて地方紙を買ってしまった。僕の住んでいる場所はマンションであり、住戸数はかなり多い。棟が5棟もあって、一番高い棟は19階建てである。記事には、僕の住んでいるマンションでの事件が書いてあった。

「○○マンションB棟で飛び降り自殺事件?昨夜の午後11時頃に○○マンションB棟の○○号室に住む○○さんがベランダから飛び降り自殺した。部屋には荒らされた形跡はなく、事件が起きた時間に口論をしている様子はなかったことが近所の証言で明らかになっていることから、警察では自殺とみて捜査している。なお、近所の証言では、亡くなった○○さんの悲鳴が1回だけ聞こえたという。さらに、共用廊下に面した部屋のガラスが割れていたがここから人が侵入した形跡はない模様である。」

僕の住んでいる場所の近くである。住んでいる場所の近くで、このような事件が起きるのは気味が悪い。まるで幽霊がでてきそうだ……。しかし、僕はこの時点ではこの飛び降り自殺を単なるひとつの事件としか見ていなかった。この考えは翌日になって急変した。

例によって病院内の売店で新聞を買おうとしたところ、またしても地方紙の1面を飛び降り自殺の記事が飾っていた。しかも同じマンションである。今度は、より僕の住んでいる場所に近くなった。気味が悪くて仕方がなかったが、テレビである事件が起きたことを放送すると連鎖的に別の場所で同じような事件が起きることがときどきある。今回は、それがたまたま同じマンションで起きただけだ。こう思って自分を落ち着かせていた。

翌日、新聞を買うのが何となく怖かった。怖かったので地方紙は買わず、全国紙を買った。しかし、何と今度は全国紙の1面を飛び降り自殺の記事が飾っていた。場所は同じマンション。飛び降り自殺の起きた場所はさらに僕の住んでいる場所に近づき、階が同じになった。この記事を見た瞬間、僕は意識を失いそうになった。そして、明日からは新聞を買うまいと思った。

翌日、僕は新聞を買いに行かなかった。しかし、僕と同じ部屋の患者達が、この事件について話しているのを聞くはめになってしまった。場所はさらに近づいて、僕の住んでいる所の2つ隣になった。恐怖感で再び意識を失いそうになったとき、院内放送がかかった。

「515号室の平井達郎さん、川島健太さんからお電話です。ナースステーションまでお越し下さい。」

僕はナースステーションまで行き、健太と話した。

「おう、達郎。傷の具合はどうだ?」
「あぁ、まあまあだな。看護婦さんから聞いた話だと、あと2,3日もすれば退院できるということだ。」
「それは良かったじゃん。」
「あぁ……。」
「おい、元気がないじゃないか。どうしたんだ?」
「今は家へあまり帰りたくないんだ。」
「あの事件のことか。」
「そうなんだ。」
「それにしても気味が悪いよな。同じマンションで4日連続で飛び降り自殺が起きるなんて……。別に、お前のマンションは精神病の人がたくさん集まっているわけじゃないよな。」
「もちろん。普通の人ばっかりだよ。」
「しかも、お前の住んでいる場所へだんだんと迫ってきているというところが奇妙だよな。」
「そうなんだ。こんなこと言うと笑われそうだけど……、まさか雄一のしわざなのかな。」
「雄一ねぇ。でも、お前最近引っ越しただろ? まだ名簿とか配られていないし、雄一はお前とはクラスが違うから、お前の住んでいるマンションの場所は知らないはずだぜ。」
「まぁな。だけど、前に住んでいたところの目と鼻の先だぜ。」
「そうか。お前、確か親戚の人が近くに住んでいただろ? 退院したら、そこで寝泊まりした方が良いと思うぞ。」
「僕もそれを考えていたところなんだ。とりあえず、そうすることにするよ。わざわざ気をつかってくれてありがとうな。」
「いいや、これぐらいのことは。俺ももしかしたら狙われているのかなぁ。」
「お前は大丈夫だと思うぞ。あの時、お前は雄一に対して優しい態度をとっていたからな。」
「そうかな。ことの発端はおれの催促だし、あの企画を提唱したのも俺だからなぁ……。」
「…………。」
「おっと、長くなっちゃったな。ケガしているのにごめんな。」
「大丈夫さ。じゃあな。」
「それじゃ。」

受話器を置いた。周りの看護婦さんは聞いていないふりをしていたが、何人かはヒソヒソ話をしていた。

翌日、またも事件が起きるかと思ったら、起きなかったようだ。そして、その翌日も。ついに僕は退院することになったが、それっきり一度も事件が起きていない。しかし、とてもマンションに戻る気はないので、しばらくの間は親戚の家で寝泊まりをすることにした。月日は過ぎていったが、事件は全く起きなかった。

3月28日、今度は親戚の方が出張であるということで、半分嫌々ながらマンションに戻った。真昼のことだった。1階には簡素な公園があるので、いつもは親子がたくさん遊んでいてにぎやかな場所なのだが、今日は事件のこともあってか異様に静かであった。空には厚く黒い雲が広がっていて、まるで夜のようであった。

僕は帰ってきて荷物を置いた。入院中のパジャマ等、実にさまざまなものがある。これらは親戚の人が僕の入院の知らせを聞いたときに持ってきてくれたものである。近所とは言え、総重量は相当あったので、僕の家まで運ぶ間にかなり疲れてしまった。そのため、荷物を置いた後はすぐに昼寝した。

――ガシャン!!

ガラスの割れる音を聞いて僕は飛び起きた。玄関を挟んで僕の部屋の向かい合いに父親の部屋がある。その父親の部屋のガラスが突然割れたのだ。何かと思って父親の部屋を見てみると、そこには雄一がいた。いや、正確には雄一の霊がいた。もちろん、本来は自分の目を疑うべきなのだが、今日の天気が醸しだす異様な雰囲気が僕に幽霊の存在を認めさせた。雄一は僕と目が合ったかと思うと僕の方へ向かってきた。玄関のドアから逃げようとしたが、間に合わないことが分かり、ベランダの方へ向かった。

飛び降り自殺事件のことは知っていたので、そこで冷静になり、飛び降りるような愚かな真似はせず、隣同士のベランダを仕切る壁を突き破って隣の家のベランダに来た。隣の家では、ちょうど住人が洗濯物を取り込んでいる最中だった。

「何なの!?」
「ぼ、僕の家に、ゆ、ゆ、幽霊がいるんです。」
「まさかぁ。でも、最近は物騒な事件が多いからねぇ。一応確認してあげるわよ。」

そう言って、隣の住人は微笑みながらベランダから僕の家に入っていった。僕は、その人と距離を置いて後についていった。隣の住人は父の部屋へと入っていた。入って1秒もしない内に悲鳴が聞こえた。悲鳴が響き終わらない内に雄一がでてきた。僕は再びベランダへ逃げ、ベランダを仕切る壁を次から次へと破っていった。しかし、一番端の家まで来て行き止まりになってしまった。雄一はどんどん迫ってくる。

もはや飛び降りるしか選択肢は残されていない。僕は、転落事故で自転車等がクッション代わりになって助かった人がいることをニュースで知っていたので、下に自転車置き場があることを確認して死ぬ覚悟で飛び降りた。11階からの決死のダイブである。数秒後、僕は自転車の上へ落ちた。奇跡的にも助かったが、僕は一応倒れているふりをした。横目でチラッと確認したら雄一は姿を消した。僕が死んだとでも思ったんだろう。

まもなくパトカーや救急車が到着した。僕は大したケガはしていなかったが、念のために救急車に乗った。しかし、日帰りできるケガだと診断され病院を後にした。病院の入り口では警官が待ち構えていた。事情聴取のときに何で飛び降りたかを聞かれて困った。まさか幽霊を見たなんて言っても信じてくれないだろうし……。そんなわけで、壁によりかかっていたら転落してしまったと適当にウソをついて、この場を切り抜けた。

そして、朝を迎えた。管理人が新聞を見せてくれた。全国紙の一面に「今度は飛び降り自殺未遂事件」という記事がでている。自分のことが新聞に載るなんて考えてもみなかったことであった。今日は部活があるので、朝早くに学校へと向かった。

職員室には当直の教師がいるのみであった。さっさと鍵を取って、部室の鍵を開けた。部室に入ってしばらくすると健太が入ってきた。

「おはようっす。」
「おはよう。」
「あれ、お前、またケガしたのか?」
「いや、実はな……。」

僕は、昨日のできごとを話した。

「そんなことがあったのか……。」
「でも、僕が死んだと勘違いしている可能性が高いと思うけどな。」
「そうだろうな。11階から飛び降りたら、普通は、まず間違えなく死ぬからな。自転車置き場をめがけて飛び降りたところはさすがだな。頭の悪い俺だったら、そんなこと考えつかないと思うよ。」
「いや、飛び降り自殺事件が続いたから、それを意識して冷静になれたからだろう。事件が起きてなかったら何も考えずに飛び降りたと思う。」
「そうか……。」
「まあ、こんな話をしていても暗くなるだけだからさ……。さっそく例の企画について、話し合いを始めようぜ。」
「そうだね。」

その後、部員が続々と来て、話し合いも順調に進んだ。雄一がいたときに比べればウソのように早かった。あまりにも順調に進んだので、つい話が先へ進み過ぎてしまった。まあ、企画が予定よりも早く進行することは良いことなんだが、当初の予定では帰宅時間が午後3時だったものが、午後6時になってしまった。しかも、午後6時になったことは校内放送があってやっと気付くほど企画に熱中してしまったのだ。

「悪いな。ついつい熱中し過ぎちゃったよ。それじゃ、今日はこれまで。」

僕の学年の部員の中で、僕と電車の方面が同じなのは健太のみだ。電車の中では雑談や企画の話をした。雄一の話はでてこなかった。最寄り駅も同じなので、一緒にホームに降り、改札を抜けた。すると、そこには健太の父親がいた。

「お父さん、どうしたの?」
「いや、最近物騒な事件が続いているだろ? 何かあると大変だと思って迎えに来たんだ。」
「ふーん。」

健太の父親は優しい人だ。健太が優しいのは父親に似たからなのであろう。

「それじゃ、行くか。」

僕ら3人は一緒に帰った。物騒な事件が多いせいか、夜は、めっきり人通りが少なくなってしまった。異様なほど静かである。踏切を渡ろうとしたとき、遮断機が降り始めた。無理して渡る必要もないので、その場で立ち止まった。しかし、そのとき、僕は背後に妙な気配を感じた。

僕は健太に話しかけた。

「おい、何か背後に気配を感じないか……。」
「何か、そういう感じがするよな……。」
「だんだん近づいてきていないか?」
「…………。」
「おい、健太。どうした?」
「…………。」
「どうしたんだよ!?」

僕は後ろ振り返った。ちょうど雄一の霊が健太に乗り移ったところであった。

「何だ。こいつは健太か。後ろ姿だけで判断するべきじゃなかったな。まあ良い。達郎、お前と健太は、とても仲が良かったよな。2人で仲良く地獄に落ちるんだな。」
「ふざけんな! てめぇに捕まってたまるか!」

僕は遮断機をくぐり抜けて逃げだした。雄一に乗り移られた健太が追いかけてくる。悲劇はそのときに起こった。健太が電車にはねられたのだ……。

健太の父親はそれを見るやいなやすぐに救急車を呼んだ。僕も付き添わせてもらった。しかし、全身を強打しており、病院に到着した後まもなく死亡した。僕は悔しかった。あのとき、雄一に優しい態度で接してやった健太がなぜ雄一によって殺されなければいけないのか。確かに雄一は健太ではなく僕を狙っていた。でも、結局は健太が犠牲になってしまった。

健太の父親が今日は病院に泊まると言ったので、僕もそうすることにした。健太の父親は忙しそうであった。学校を始めとしてさまざまな場所へ連絡をとり、葬式の申し込みもしていた。通夜は明日になったようだ。ずいぶんと早いものだ。でも、僕は早い方が良いような気がした。こう言うと健太にはすごく失礼だけど、健太を火葬すれば雄一もさっさと成仏してくれるのではないかと思ったからだ。いつまでもこの世で暴れられたら迷惑極まりない。雄一のせいで何人もの関係ない人が犠牲になっているのだ。

通夜には大勢の人が来た。健太の人柄の良さのせいであろう。通夜が終わった後、僕はいったん家へ戻ることにした。帰る途中に近くの果物屋でイチゴを買った。明日の告別式の時に供えてやろうと思ったのである。その夜は幽霊がでることもなく無事に過ごすことができた。

翌日の告別式にはさらに大勢の人が来た。おそらく、通夜に来た人は全員来たのではないかと思う。現在では告別式よりも通夜の方がウエイトが大きいと聞いたことがあるが、今回の葬式ではそれを感じさせなかった。僕は葬式の会場に着くとすぐにイチゴを供えて線香を立てた。どうやらイチゴを買いすぎてしまったようだ。僕は持ち帰って、家で健太のことを思いながら食べることに決めた。火葬場には身内だけが行くことができるので、僕は葬式の会場で待っていた。健太が骨になって戻ってきたのを見て、僕は涙が止まらなかった。悔しかった。本当に悔しかった。

葬式が一通り終わった後、健太の父親と話をした。もちろん、母親も来ているのだが、母親はとても他人と話せる余裕がなかった。僕は用事があったので、いったん家へ戻り、後で健太の家へ来ることにした。健太の両親も位牌等を持って帰ることにした。

家へ帰って用事を済ませた後、僕は昼寝をしてしまった。最近はあまりにも色々なことがありすぎたのでいつのまにか疲れがたまっていたのだろう。幸いにも幽霊はでなかったのでホッとした。雄一もきっと成仏したんだろう。起きたときには夜になってしまった。夕食を済ませた後、健太の家へと向かった。仏壇は既にセットしてあった。僕はあまっているイチゴを再び供えた。それでもまだ余っている。いくら何でもこれは買いすぎたか……。健太の家には2時間ほどいすわった。帰る頃にはもう午後11時を回っていた。夜道に気を付けて帰るように言われた。

僕は健太の家を後にして一人で夜道を歩いていた。人通りは全くない。加えて車も通っていない。

……そして、例の踏切のところにさしかかったときである。突然僕の前に雄一が現れた。

「お、お前、まだ成仏してなかったのかよ!」
「ふふふ。だが、俺は今日までしか、この世にいられないんだ。」
「な、何でだよ。」
「今日は何月何日だか分かるか?」
「3月31日だ。」
「その通り。明日からは新年度だな。始業式は明日じゃないが、事実上は明日から貴様は高校2年生となる。俺は高校1年生のときに死んだ。だから、俺は高校 1年生の雄一の霊として存在している。そういうわけで、4月1日になった瞬間に俺は永遠に、この世から姿を消さなくてはいけないんだよ。」
「そんな決まりがあるのか?」
「少なくともおれはそうだ。さて、あんまり時間も残されていないことだし、貴様を早いところ地獄へ送らなきゃな。」
「捕まってたまるか!」
「ふふふ。俺に触れた瞬間に貴様は死ぬ。しかも、今までに何回か俺は貴様を追いかけたことがあるが、そのときは俺の追いかける方が速かったことを忘れたのかな? 潔くあきらめて地獄へ行くんだな。」
「て、てめぇ! 絶対に捕まらねぇぞ!」

腕時計を見ると、11時50分をさしていた。昨日、時報で合わせたばかりだから間違いない。そして、僕は全速力で逃げだした。あと10分間逃げられれば僕は助かる。しかし、何と言ってもやつは早い。生きているときも足が早かった。徒競走ではクラスで一番だっただけのことはある。これじゃいくら何でも10分間は逃げ切れない。そのとき、僕は部活で打ち上げをやったときに雄一が異常なほどイチゴを嫌っていたことを思いだした。幽霊に物を投げてもむだだと思ったが、だめもとで1つだけ投げつけてみた。

「ウッ。こ、これは俺の大嫌いなイチゴ……。くそ!」

やつの身動きが一瞬止まった。しかし、やつの僕を地獄へ送ろうという執念は相当強い。すぐに追いかけることを続行した。僕は逃げながらイチゴを投げつけた。時計が11時59分30秒をさしたとき、手持ちのイチゴがなくなってしまった。あとは逃げるしかない。全速力で逃げた。やつと僕との距離がどんどん狭まってきた。もはや限界だ。

今にも雄一は手を伸ばして僕を捕まえようとしていた。そして、手を伸ばしかけたとき、僕の腕時計のアラームが鳴った。時報のアラームだ。その瞬間、雄一は消えた。

辺りは再び静けさを取り戻した。僕は助かったのだ。しかし、僕の最も大切な友達の1人である健太は死んでしまった。悔しくて仕方がないが、僕は生きなければならない。健太の分も含めて精一杯に。僕は、空に向かってそのことを誓った。最近は天気の悪い日が続いていたが、今日の夜空には星がたくさん輝いていた。